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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)8985号 判決 1980年9月26日

原告

大和物産株式会社

右代表者

畑兵衞

右訴訟代理人

渡邊敏久

被告

恒川一夫

右訴訟代理人

岩田豊

主文

一  被告は原告に対し、金一〇四五万六〇〇〇円及び内金四二四万三五〇〇円に対する昭和五二年一〇月四日さら、内金六二一万二五〇〇円に対する昭和五三年一一月三〇日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、原告が金二〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

ただし、被告が金五〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実《省略》

理由

一被告が訴外会社の代表取締役であることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告は訴外会社に対し重油等を継続的に販売し、その代金は毎月二〇日締め、振出日翌月二八日、支払期日約一五〇日先の訴外会社振出しの約束手形によつてなされていたところ(以上の事実は振出日の点を除き当事者間に争いがない)、被告は訴外会社の代表取締役として右取引に基づき本件手形額面合計金八八三万四二五〇円を原告にあてて振り出し、また原告から代金合計一六二万一七五〇円の本件買入れをしたことが認められ、この認定に反する証拠はない。そして、請求原因3項前段の事実(訴外会社の破産)は当事者間に争いがなく、この事実と<証拠>を総合すれば、原告は本件手形金及び本件買入れ代金合計一〇四五万六〇〇〇円の支払を受けることができる。このため同額の損害を被つていることを認めることができる。

二そこで、本件手形の振出し及び本件買入れについて被告に悪意又は重大な過失があつたかどうかを検討する。

1  <証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  訴外会社は昭和三五年一一月五日セメント二次製品の製造販売を主たる目的として設立された資本金五〇〇万円の有限会社であり、破産時における従業員数は約八〇名で道路、下水道用のコンクリート二次製品の製造販売を行なつていた。

(二)  訴外会社の営業は設立後、宅地造成分譲が盛んとなつた土木建築業界の好況に支えられて順調に発展したが、昭和四八年のいわゆる石油ショック以後は原材料であるセメント、重油等及び人件費の値上りに加えて右業界の不況の波をかぶり、その営業成績は下降の一途をたどつた。

(三)  これを訴外会社の昭和五〇年以降の各決算期(決算期は毎年一回、八月末)における貸借対照表について見るに(以下、昭和四九年九月一日から同五〇年八月三一日までを一五期、同五〇年九月一日から同五一年八月三一日までを一六期、同五一年九月一日から同五二年八月三一日までを一七期という。ただし、一七期の貸借対照表は同五二年七月三一日現在のものに依る。)、(1)まず、負債総額は一五期約三億一〇〇〇万円、一六期約三億八三〇〇万円、一七期約五億八〇〇万円であり、一七期における負債総額の大幅な増加が顕著である。これは、一七期においては受注量の減少に加えて昭和五二年六月の長雨のため製品の製造ができなかつたことなどもあつて、短期借入金が増大したことが原因となつている。(2)これに対して資産は、一五期に流動資産約二億二〇〇〇万円(このうち売掛金及び製品(在庫品を指す。以下、同じ)が約一億一七〇〇万円)、固定資産約一億九〇〇万円、一六期に流動資産約二億六七〇〇万円(このうち売掛金及び製品が約一億五一〇〇万円)、固定資産約一億三五〇〇万円、一七期に流動資産二億三〇〇万円(このうち売掛金及び製品が約九六〇〇万円)、固定資産一億一〇〇万円である。一七期においては売掛金及び在庫品は大幅に減少し、また固定資産も減額されているが、これは訴外会社が破産申立てに当たり、売掛金については不良債権を削除し、在庫品については売上価格の半値を計上し、また機械器具等につき減価償却を施したためである。(3)したがつて、一五期及び一六期において当期利益金としてそれぞれ約一一四万円及び約三三万円が計上されているが、右のような操作は本来一七期以前にも行われるべきであつたから、右各期の利益金は計上し得ないはずのものであつた。一七期における赤字計上額は約二億二三〇〇万円である。

(四)  訴外会社は前記不況後は、昭和四九年改定の定価表の五〇パーセント以下の価格で製品を販売するようになつており、その利益は大きく低下していた。売上高は一五期に約二億七八〇〇万円、一六期に約三億五二〇〇万円(単純月平均二〇〇〇ないし三〇〇〇万円)であるが、前記のとおり売掛金及び在庫品の幅も相当大きいものであつた。そして、昭和五一年一〇月からは支払手形の決済が多く、毎月二三〇〇万円から二五〇〇万円の支払を要し、同五二年からは毎月金利に四〇〇万円以上、元金と金利の返済に毎月約一二〇〇万円が当てられる状態となつた。

(五)  右のような経営状態であるにもかかわらず、訴外会社は昭和五二年二月一一日の社員総会(出席者三名)において、前年の八月一〇日に取締役を辞任した被告の妻恒川英子に対し退職金七〇〇万円を支給する決議をし、右金員は昭和五二年八月一九日同人に支払われている。

(六)  訴外会社は八千代信用金庫から約一億五〇〇〇万円、その他の金融機関から約八八〇〇万円の融資を受けていたが、右融資については、訴外会社所有の土地、建物はもとより被告の実父である恒川福三郎及び被告が代表取締役であつた有限会社恒川商店の資産等も担保に供されていた。

(七)  ところで、訴外会社は昭和五二年八月分の支払に当てるため、八千代信用金庫及び東京信用金庫からそれぞれ金二〇〇〇万円ずつの借入れを予定し、前者からは同年八月二三日右金員の融資を受けることができたが、後者からは同月二九日に至り、本店決済が受けられなかつたことを理由に融資を拒絶され、そのため被告は金策にほん走したものの結局奏功せず、同月三一日前記破産の申立てをしたものである。負債総額は同年七月三一日現在で前記のとおり約五億八〇〇万円、同年八月三一日現在で約六億六〇〇万円であつた。

2  以上認定のとおり、訴外会社は昭和五〇年八月時点において三億円を超す負債を抱え、一方これに見合う資産としては、固定資産約一億円のほかは売掛金及び在庫品の占める割合が大きく、この傾向はその後も変わらず、しかも一七期において経理上売掛金、在庫品及び固定資産に大幅な減額を施していることからすれば、一七期における受注量、販売量の減少を考慮しても、一七期に至つて一挙に二億円を超える債務超過となつたものとは考えられず、訴外会社は既に一五期以降相当な債務超過をきたしていたものと推認することができる。そして前記認定の事実を総合して判断すれば、訴外会社は右のような債務超過を解消する適確な方針もないままに金融機関からの借入れを増大するなどによつて経営を継続し、昭和五一年一〇月以降は支払手形の決済及び金利等の返済に多額の支出を要する事態に立ち至つたのであつて、訴外会社の製品売上げによる利益幅がかなり低率であることを考えれば、そのころには訴外会社はもはや正常な経営を維持することが極めて困難な状態となつていたものというべきである。

被告は、訴外会社の倒産は昭和五二年八月に予定されていた東京信用金庫からの金二〇〇〇万円の融資を受けることができなかつたことによる偶然の原因に基づくものである旨を主張し、なるほど訴外会社の倒産の原因が直接的には右融資が不可能に帰したことによるものであることは前記認定のとおりであるが、前記認定のような訴外会社の経営状態からすれば、右融資を得たとしても、訴外会社は早晩新たな資金繰りに窮することは明らかであつて、右融資自体が訴外会社の経営状態を改善するものではないというべきである。被告本人尋問の結果によれば、被告は右融資を得たとしても、その返済のために更に借入れを起こし、これらの返済のためには在庫品の販売等に期待を寄せるというのであるが、訴外会社の売掛金及び在庫品の滞留状態は前記認定のとおりであつて、右尋問の結果によつても訴外会社の経営について合理的な方策は何ら窺い知ることができない。

3  以上のとおり、訴外会社は遅くとも昭和五二年以降は正常な経営を維持することが極めて困難な状態となつていたものであり、前記認定のとおり本件手形金及び本件買入れ代金の支払期日が約六カ月先であることを考え合わせれば、被告は本件手形を振り出し、また本件買入れをした当時、その支払が不可能となるおそれが十分にあることを予見すべきであつたのであり、また前記認定の事実に照らせばそのことは容易に予見できたというべきであるから、被告には右行為をするについて少なくとも重大な過失があつたといわなければならない。

三したがつて、被告は原告に対し、有限会社法三〇条の三に基づき、被告の右行為により原告が被つた前記損害金一〇四五万六〇〇〇円及び内金四二四万三五〇〇円に対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五二年一〇月四日から、内金六二一万二五〇〇円に対する本件口頭弁論期日において原告が被告に対しその請求の意思表示をした日の翌日であることが記録上明らかな昭和五三年一一月三〇日からそれぞれ支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

<以下、省略>

(大内俊身)

手形目録・債権目録<省略>

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